ジャニー喜多川が緊急搬送されジャニーズはどうなるんでしょうか?
解散したSMAPや嵐など数々のトップアイドルを輩出した、ジャニーズ事務所社長ジャニー喜多川氏(87)が18日に都内の病院に緊急搬送された事が分かりました。
ジャニー喜多川氏のプロフィールや経歴、今後ジャニーズ事務所がどうなって行くのか徹底分析していきましょう!
病気など詳しいことは発表されてない
18日昼過ぎに、東京都渋谷区内の自宅から119番通報があり、救急搬送され、通報は「ジャニーさんが倒れた」という内容だったそうです。
そのまま入院していて、事務所関係者も入院していることは認めていますが詳しい情報などはまだ分からないので一時は”重病説”なども飛び交っていて、普段から都内の別の病院に通院していたそうです。
また、地方にいるタレントは都内に呼び戻されたとの報道があるのも事実です。
ジャニーズの産みの親”ジャニー喜多川”
お父さんの仕事の関係でロサンゼルスで生まれ、2歳の時に帰国しましたが1947年終戦後にご兄弟だけで再びロサンゼルスに渡り現地の高校、大学に進学していて、現地で通訳の助手として勤務しその後、日本に戻り上智大学を卒業しています。
戦争経験者で、幼い時はとても苦労したと思いますが英語もペラペラで高学歴で国際的だった事が分かりますね。
兄妹もすごい人達
ジャニー喜多川氏の兄はNASAでアポロの設計もしていた科学者で、妹はのちに一緒にジャニーズを立ち上げて行く重要人物のメリー喜多川氏です。
ジャニーズ事務所の設立
映画「ウェストサイドストーリー」に深く感動
喜多川氏は日本で近所の少年たち約30名で構成された少年野球チームのコーチに就任しており、ある日このチームのメンバーから4人を連れ映画を見に行き一同感動し、エンターテイメント事業を興業することを決意し、1962年に野球チームのメンバーである4名の少年により最初のグループである”ジャニーズ”を結成”しました。
1980年代には無数のアイドルグループを結成
「郷ひろみ」らに始まり、3人組の「シブがき隊」「少年隊」を成功させ、その後7年組メンバーによるユニット「光GENJI」をデビューさせ世の女性達を虜にさせてきました。
1990年代には、国民的アイドルだった「SMAP」を個性的なマルチタレント型グループとしてライブだけではなくバラエティー番組でも活躍できるアイドルとし、その後も「嵐」ジャンルの違うアイドルグループを数多く結成し今もなおジャニーズは日本の男性トップアイドルを独占中です。
ジャニー喜多川の後継者はタッキー
並み居る大先輩たちを飛び越えての”後継者”
ジャニーズ事務所では昨年末に引退したタッキーこと滝沢秀明氏が、タレント育成やプロデュースを行うグループ会社「ジャニーズアイランド」の社長に就任しており、現場の仕事におけるジャニー氏の”後継者”と目されています。
滝沢氏の後継指名についてはジャニー喜多川氏が本人に提案したそうで、普段から後輩などの面倒見がよく、”小さいジャニーさん”と周囲から言われていて、これから若手を引っ張って行くのはタッキーしかいないという判断だったそうです。
ジャニー喜多川氏もあまり若くなく体力的に限界が来ているそうなので早めに後継者を決めたことは残されたジャニーズにとってはとても吉ですよね。
今後のジャニーズ事務所はどうなる?
育成や舞台はタッキー担当 経営面はジャニーさんの姪っ子が担当
ジャニーさんは社長ですが、どちらかと言えば若手の育成や舞台のプロデュースなど現場のトップというイメージで、実質的な経営面は姉のメリー喜多川副社長が担ってきましたが、今現在はメリーさんの実娘、藤原ジュリー景子副社長が事実上経営のトップになっています。
なので、今後は育成や舞台などはタッキー担当、経営面などはジェリー景子副社長が担当し、ジャニーズをまとめて行くんではないでしょうか?
とは言っても、一からジャニーズを築き上げたジャニーさんが病に伏すことになれば、ジュエリーさんと滝川さんの間の力関係も崩れ、事務所内で経営をめぐる混乱が生じなければいいですよね。
ジャニー社長のいち早い復帰を願いたいですね。